守山区の歴史・文化年表|名古屋 塗装工事専門店 小林塗装

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守山区の歴史・文化年表について

名古屋の塗装店小林塗装店主小林ゆずが「守山区の歴史年表」を名古屋の歴史年表に続いて、作成しました。
守山区の歴史や文化に興味のある方は、ぜひご覧ください。
守山区について調べてみると、豊かな自然や緑あふれる公園、古くから伝わる歴史的文化的財(歴史ある古墳もたくさんあります。)等、魅力あふれる街でした。
こういった守山区の歴史や郷土をよく知る事で、守山区という地域に根差した、建物とお客様の希望に合った、お値打ちな塗り替えのご提案とハイクオリティーな塗装工事を施工できればいいなぁと思っています。
なお、守山区の歴史・文化年表は、随時更新・加筆していきますので、楽しみにして読んでもらえたら嬉しいです。


 守山区 各時代ごとのざっくりとした歴史のまとめ

龍泉寺城

・縄文時代、現在の名古屋市全域がほぼ海底にあった時代に、この守山区周辺は海岸沿いにあったため、太古から人が居住していたと考えられており、古代から数多くの古墳が残されています。

・中世の守山区は、山田郡に属しており、長く善光寺街道と瀬戸街道沿いに集落が点在する農村でした。守山という表記は近世に至るまで統一されておらず、「森山」と表記される事もありました。

・戦国時代には、守山城、小幡城、龍泉寺城などの城が存在し、小牧・長久手の戦いなどの舞台となりました。守山城は、「松平清康の守山(森山)崩れ」で知られています。また織田信長の妹であるお市の方とその三人の娘が守山城に在城していました。

・明治時代になると、現在の守山区の地域は、東春日井郡に属する事になりました。1,889年(明治22年)には、町村制の施行と同時に行なわれた地域合併によって、高間村、二城村、小幡村、大森村の4村が発足しました。その頃に、小幡ヶ原に名古屋鎮台の演習場が開設されました。その後、1,897年(明治30年)には、旧日本陸軍の駐屯地(現在の陸上自衛隊守山駐屯地)が誘致されると、周辺の宅地化が始まり、瀬戸線開通も加わって、旧守山町の区域に当たる瀬戸街道沿道の宅地化が進みました。1,906年(明治39年)には、高間村、二城村、小幡村、大森村の合併によって守山町が、一時分立していた志段村と上志段味村の再合併によって、志段味村が発足しました。

・大正時代から昭和時代の初期にかけては、宅地化の進展と共に、名古屋側の矢田川左岸に大規模な軍需工場が数多くあった事から、守山側の矢田川右岸には、機械部品の下請工場や工場従業員向けの住宅などが点在するようになりました。また、小幡ヶ原の南東部には、名古屋飛行機学校の飛行場がありました。

・戦後は、守山町の瀬戸街道沿道を中心として、住宅開発が続き、名古屋のベッドタウン化が進行した。自治体としては、長く守山町と志段味村が並立していたが、町村合併促進の政策に従い、まず、守山町が志段味村を編入し、市制を施行して守山市となりました。守山市に隣接する旭町(現在の尾張旭市)との合併も検討されましたが、1,963年(昭和38年)には、守山市が名古屋市に編入合併され名古屋市守山区となりました。

これとは対照的に、旧志段味村の区域に当たる守山区北部の志段味地区及び、吉根地区は鉄道がなく、幹線道路整備が遅れ気味であった事などが理由で、都市基盤の整備が遅れ、周辺の宅地化は進まず、農地と山林が広がっていました。しかし、2001年(平成13年)ゆとりーとラインが開通すると共に、竜泉寺街道の拡幅や土地区画整理などの大型開発が進み、大型ショッピングセンターが進出するなど、宅地化が一層盛んになりました。



各年代ごとの 歴史

 古代~中世~戦国時代~江戸時代    明治時代   大正時代   昭和時代   平成時代 

 戦国時代~江戸時代 

縄文時代(紀元前1,000年~紀元前300年)
・小幡ケ原台地の北に人が住みはじめ、土堤で囲まれた住居を建て、石鏃(やじり)、石斧(おの)、石錐(きり)などの道具を当地でつくりはじめました。
現在でも、祭祀やかめ棺を使った跡が残されています。

弥生時代(紀元前300年~西暦300年)
・小幡台地の北端(現在の西城一丁目と西城二丁目)に弥生土器を使う人々が居住しはじめました。

676年 (天武五)飛鳥時代
「斎紀斎田」を印場の渋川に決定しました。

養老年間(717年〜724年)
・愛知県名古屋市守山区市場にある神社、白山社(はくさんしゃ)が当地に鎮座されました。
なお、白山社の境内は全域が白山古墳上にあたっています。

793年(延暦12年)
・守山区大森の「八釼神社」が建立されました。

800年代(平安時代初期)
・尾関勘八郎(おぜき かんはちろう 生誕不詳)によって、現在の名古屋市守山区大森1丁目、元郷1丁目あたりに大森城が築城されました。
その後の大森城は、応仁の乱が始まった1,467年(応仁元年)に、志段味や尾張旭の新居城を支配していた水野宗国と矢田川の水利権で争った『砂川合戦』に敗れ落城した後、廃城になりました。

860年(貞観2年)
・大森城主である尾関勘八郎が天台宗の尼寺、正宗庵(現在の法輪寺)を守山警察署のあたりに創建しました。

1,184年(寿水3年)
・守山区大森、森高新田周辺が山田郡八条院領になりました。

1,361年(康安元年)
・水野良春(みずの よしはる、生年不詳~1,374年(応安7年6月16日)が志段味郷(現在の名古屋市守山区志段味)の南を開墾して、新居村(現在の尾張旭市新居)を開きました。
なお、水野氏の末裔の多い新居には、良春が吉野の修験道から持ち込んだとされる『棒の手』が伝えられました。
良春の号である「無二」をとって、無二流と称され、現在では尾張旭市を代表する伝統芸能の一つとなっています。

1,535年(天文4年)
・12月4日  「守山(森山)崩れ」が発生しました。

1,618年(元和3年)
・犬山城主である成瀬隼人正成が組頭外10名の同心を現在の廿軒家に赴任させました。

1,661年(寛文元年)
・尾張二代藩主徳川光友が1,637年(寛永14年)に生母である乾の方(歓喜院)の菩提を弔う為、江戸小石川の伝通院内に創建した大森寺を乾の方の出身地である大森に移しました。

1,671年(寛文11年)
・この頃の守山区周辺には、15ヶ村、648戸あり、人口4591人でした。

1,767年(明和4年)
・大雨によって、矢田川のである猿投山を中心に矢田川が決壊し、矢田川の流路が大きく北に変わったため、長母寺などが守山から切り離されてしまいました。

1,783年(天明3年)
・矢田川で洪水が発生しました。

1,790年(寛政2年)
・上香流橋が架けられました。

1,792年(寛政4年)
・法輪寺が再建されました。

1,794年(寛政6年)
・大森と印場の間で、舟橋用水の水利権をめぐって争いが起きました。

1,796年(寛政8年)
・森高新田の三十三観音が造られました。

1,805年(文化2年)
・大森と庄中の間で、野田用水の水利権をめぐって争いが起きました。

1,815年(文化12年)
・矢田川で洪水が発生しました。

1,826年(文政9年)
・森高新田に八釼神社を勧請ました。

1,831年(天保2年)
・法輪寺の三十三観音が造られました。

1,837年(天保8年)
・暴風雨と洪水によって、矢田川流域の瀬古で堤防が切れてしまいました。

1,855年(安政2年)
・2月1日 矢田川の河原で大砲の試し打ちが行われました。
・7月26日~29日 矢田川で洪水が発生しました。御膳洞の雨池が氾濫しました。

1,860年(万延元年)
・矢田川で洪水が発生しました。


 明治時代 

1,872年(明治5年)
・矢田橋が架けられ、通行料を取る様になりました。

1,876年(明治9年)
・2月12日 守山で最も古い大森郵便局が開局しました。
ちなみに当時の大森郵便局の大きさは、約3坪だったらしいです。

1,877年(明治10年)
・干ばつになりました。

1,880年(明治13年)
・春日井郡が東西に分けられました。

1,884年(明治17年)
・矢田橋が完成し、通行料が廃止されました。

1,885年(明治18年)
・瀬戸街道が大改修されました。

1,886年(明治19年)
・大森、森孝、小幡の3か村で、現在の名鉄小幡駅の東北に小原小学校が開校しました。

1,889年(明治22年)
・10月1日
 町村制施行等によって、高間村、二城村、小幡村、大森村の4ヶ村発足。吉根村、中志段味村、上志段味村、下志段味村の合併により、「志談村」 が発足しました。
・法輪寺に戻って、大森小学校が開校しました。

1,891年(明治24年)
・御膳洞の雨池が破堤し、死者2名の被害を受けました。

1,897年(明治30年)
・旧日本陸軍の第3師団第5旅団歩兵第33連隊が名古屋市中区から移駐されました。

1,900年(明治33年)
・国鉄中央線(現在のJR中央線)、名古屋~多治見間が開通しました。

1,905年(明治38年)
・4月2日  瀬戸自動鉄道(後の瀬戸電気鉄道)によって、瀬戸線の「矢田~瀬戸」 間が開業しました。

1,906年(明治39年)
・7月16日  高間村、二城村、小幡村、大森村の合併によって、東春日井郡守山町が、志談村と上志段味村の合併によって、「東春日井郡志段味村」 が発足しました。
・4月13日 現在の名古屋市守山区町南に名古屋鉄道瀬戸線の守山口駅が開業しました。
その後、1,944年(昭和19年)に休止され、1,969年(昭和44年)に廃止されました。
(ただし、開業を瀬戸自動鉄道矢田-瀬戸間の開通と同時であると記述する資料もあります。)

 大正時代 

1,921年(大正10年)
  ・4月13日 現在の名古屋市守山区町南に名古屋鉄道瀬戸線の守山口駅が開業しました。その後、1,944年(昭和19年)に休止され、1,969年(昭和44年)に廃止されました。
(ただし、開業を瀬戸自動鉄道矢田~瀬戸間の開通と同時であると記述する資料もあります。)


 昭和時代 

1,930年(昭和5年)
・陸軍の演習場として使用されていた大森の八竜山一帯が60,000円で地元に払い下げられ、月見ヶ丘分分譲地として販売されました。
翠松園のすぐ東から今の金城大学の敷地を含めて東は岬膳洞の近くまで、分譲面積は、最低200坪から広い所になると800坪以上もありました。
分譲価格は、1坪あたり最低80銭、最も価格が高い所で2円30銭だったそうです。

1,931年(昭和6年)
・2月11日 上飯田駅と味鋺駅の間に瀬古駅が名岐鉄道(現在の名鉄小牧線)の駅として開業しました。
(なお、同駅は昭和17年頃、廃駅になりました。)

1,936年(昭和11年)
・6月3日 瓢簞山駅が瓢箪山付近の住宅開発にあわせ、名鉄合併前の瀬戸電気鉄道が最後の駅として開業しました。

1,945年(昭和20年)
・大森がアメリカ軍の空襲被害を受けました。
・7月 守山吉根地区(現在の緑ヶ丘カンツリークラブ北東斜面)に第9地下施設隊等によって、地下壕が掘られました。
付近の民家に泊まり込み、昼夜を問わず隊員による三交代で掘削されました。
地下壕の完成後は、東海軍管区司令部と愛知県庁が入る予定でしたが、完成する前に終戦を迎えました。
なお、終戦直後に公文書、設計図、名簿など書類等は秘密保持のため削除、焼却され、入り口も塞がれてしまい地下壕の全容は分かっていません。

1,948年(昭和23年)
・1月5日(月)大安 午前10時15分頃、現在の名古屋市守山区大森三丁目の名古屋鉄道瀬戸線大森駅(現在の大森・金城学院前駅)東側のカーブで列車脱線転覆事故が発生しました。
36人が死亡、153人が負傷するという、名鉄瀬戸線史上最悪の事故となりました。 ・5月 法輪寺の住職江口耕雲が発起人となって事故現場に「交通安全地蔵」が建立されました。

1,949年(昭和24年)
・1月 前年に起きた列車脱線転覆事故の一周忌で、当時の名古屋鉄道社長である神野金之助氏(かみの きんのすけ=2代目 1,893年1月4日~1,961年10月23日)の筆によって、「殉難の碑」が建立されました。

1,950年(昭和25年)
・「金城学院大学」 が現在地(大森)に移転されました。

1,954年(昭和29年)
・6月1日  守山町が志段味村を編入し、市制施行により、「守山市」 になりました。
なお、守山市制施行時の人口は、42,248人でした。

1,963年(昭和38年)
・2月15日  名古屋市へ編入され、「名古屋市守山区」 になりました。(人口67,786人)

1,964年(昭和39年)
・4月1日  中央線の「新守山駅」 が開業しました。

1,965~1,972年(昭和40年~昭和47年)
・守山区緑ヶ丘に「市営住宅 緑ヶ丘荘」(550戸)が造られ、竣工しました。

1,967年(昭和42年)
・守山区町北にUR住宅「守山」が造られ、竣工しました。

1,971年(昭和46年)
・守山区役所が、現在の守山図書館から現在地(守山区小幡1丁目3ー1)に移転しました。

1,971~1,973年(昭和46年~昭和48年)
・守山区本地が丘に名古屋市最大規模の市営住宅「本地荘」(1,625戸)が造られ、竣工しました。

1,972年(昭和47年)
・11月6日(月)仏滅 守山区志多見にある「白鳥塚古墳」が国の史跡に指定されました。

1,972~1,973年(昭和47年~48年)
・守山区森孝1丁目に「市営住宅 第一香流荘」(662戸)が造られ、竣工しました。

1,973年(昭和48年)
・4月 守山区西川原町の「アサヒビール 名古屋工場」が操業開始されました。

1,976~1,977年(昭和51~52年)
・守山区幸心4丁目に「県営住宅 幸心A」が造られ、竣工しました。

1,977年(昭和52年)
・守山区町南に「県営住宅 町南A」が造られ、竣工しました。
・守山区松坂町に「市営住宅 松坂荘」(50戸)が造られ、竣工しました。

1,980年(昭和55年)
・4月26日(土)友引 守山区志段味に「東谷山フルーツパーク」が開園しました。
園内には、世界の熱帯果樹温室、果樹園、くだもの館などの施設があり、果物をテーマにしたユニークな農業公園として親しまれています。
・守山区西川原町に「県営住宅 新守山KC」が造られ、竣工しました。

1,981年(昭和56年)
・守山区森孝東2丁目に「県営 黒石東A」が造られ、竣工しました。

1,983年(昭和58年)
・守山区青山台に「県営住宅 吉根A」が造られ、竣工しました。

1,984年(昭和59年)
・守山区瀬古1丁目に「市営住宅 瀬古荘」(132戸)が造られ、竣工しました。

1,983~1,984年(昭和58~59年)
・守山区幸心4丁目に「県営住宅 幸心B」が造られ、竣工しました。

1,985年(昭和60年)
・守山区森孝4丁目に「県営住宅 三軒家A」が造られ、竣工しました。

1,988年(昭和63年)
・守山区小幡5丁目に「県営住宅 喜多山西T」が造られ、竣工しました。


 平成時代

1,989年(平成元年)
・竜泉寺ウォーターパーク(りゅうせんじウォーターパーク)がオープンしました。
・竜泉寺ウォーターパークには、色々な種類のウォータースライダーや流水プールなどがあって、夏休み期間中は、土曜日とお盆に限り、午前0時までナイター営業を実施していました。
店主小林ゆずも高校時代に竜泉寺ウォーターパークのナイター営業の際、2~3回出掛けました。
プールで遊んだ後、自転車で、えっちらおっちら北区に帰るのが大変でした。
なお、竜泉寺ウォーターパークは、2,006年の夏季営業(9月終了)をもって廃業しました。
・守山区にスーパー銭湯の元祖である「竜泉寺の湯」がオープンしました。
竜泉寺の湯にある露天風呂から見る名古屋の夜景は、穴場の夜景スポットと言えます。
また、竜泉寺の湯は、2,018年12月26日にリニューアルオープンし、大人の癒し空間『フォレスト ヴィラ』も完成しました。
・守山区瀬古にUR住宅「瀬古」が造られ、竣工しました。

1,990年(平成2年)
・守山区大森4丁目に「市営住宅 大森荘」(18戸)が造られ、竣工しました。

1,993年(平成5年)
・守山区瀬古3丁目に「市営住宅 瀬古東荘」(75戸)が造られ、竣工しました。
・守山区向台2丁目に「市営住宅 向台荘」(20戸)が造られ、竣工しました。

1,996年(平成8年)
・9月25日(水)友引 守山区小幡三丁目で行われていた『優良建築物等整備事業』が完了しました。

1,997年(平成9年)
・5月23日(金)友引 守山区の「志段味ヒューマンサイエンスパーク研究開発センター」が開館しました。

1,999年(平成11年)
・4月1日(木)仏滅 守山区小幡南の「シティファミリー小幡駅前」が竣工しました。

2,001年(平成13年)
・3月23日 『ゆとりーとラインの大曽根~小幡緑地間が開業』 しました。

2003年(平成15年)
・11月10日  区画整理によって、大字吉根字松洞が竜泉寺(一丁目・二丁目)に移行。

2005年(平成17年)
・日本で唯一のチベット仏教寺院である「強巴林(チャンバリン)」が守山区青葉台に建立されました。
ちなみに強巴林とは、チベット語で弥勒寺を意味する単語です。

2006年(平成18年)
・11月25日  守山区大字吉根字仲田・字階子田の各一部により青葉台として成立。

2010年(平成22年)
・12月1日  守山スポーツセンターがオープンしました。
守山スポーツセンターには、25メートルプール、トレーニング室、軽運動室、体育館(競技場)、フットサルコート、リラクゼーションルームがあります。

2,011年(平成23年)
・9月25日(土)先勝 守山区制50周年を記念したマスコットキャラクター「モリスちゃん」が元気まつり守山(区民まつり)に来場された方の投票によって決定しました。

2,019年(平成31年)
・4月1日  名古屋市守山区上志段味に「歴史の里しだみ古墳群」 がオープンしました。


 令和時代

2,019年(令和元年)12月頃 
・コストコが中志段味地区にオープン予定。








内容は、 随時更新していきます。まだ、工事中ですので『守山区の歴史・文化年表』完成まで、もうしばらくお待ちください。



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