よくわかる外壁防水塗装の歴史について
いつも何気なく見ている外壁。
その表面で建物をしっかりと守っているのが「防水塗料」、すなわち建物の生命線ともいえる「塗る防水」です。
けれども、この「防水」という技術は、決して当たり前にあったわけではありません。
1950年代の団地建設ラッシュに始まる防水の黎明期、1970年代のウレタン防水の登場、 1980年代に広まった単層弾性塗料による外壁防水、 1990年代に進化した微弾性フィラーによる下地防水、そして2000年代以降に登場したハイブリッド防水塗料へと日本の気候と建築の変化に併せて、防水技術は絶えず進化を遂げてきました。
このコラムでは、名古屋の塗装店「小林塗装」が、約70年にわたる日本の外壁防水材の歴史とその進化の歩みを、専門的な視点と、どこか懐かしい時代の空気感を交えながらやさしくお伝えします。
外壁防水の歴史

雨の多い日本では、古くから「防水」と「美観」を両立させることが建築の最大の課題でした。
木と瓦の時代から、鉄筋コンクリートの時代へ。
そして1960年代、日本の空がまだスモッグと煙突で霞んでいた頃、建築の外壁を守る技術が静かに進化を始めます。
それが、後にJIS A 6021「建築用塗膜防水材」、そしてJIS A 6909「防水形外装合成樹脂エマルション系薄付け仕上塗材」として体系化される技術の原点でした。
外壁防水の歴史1.| 高度成長期の建築と防水技術の夜明け

1950〜60年代、戦後の復興を終えた日本は、東京オリンピック(1964年)を目前に、かつてない建築ラッシュの時代を迎えます。
高度経済成長の波に乗って、全国で学校・病院・市庁舎など公共施設、それに公団住宅や企業寮といった集合住宅が次々と建設されました。
それまで木造が主流だった日本建築は、耐火性と量産性を兼ね備えた鉄筋コンクリート造(RC造)へと一気に転換します。
従来の木造住宅は「雨を受け流す」設計が基本で、屋根と軒が外壁を守っていました。
しかし、RC造のフラットな外壁面では、これまでのような「水を逃がす」といった考え方では対応できず、 建物全体を「雨水から守る=防水する」という発想が初めて本格的に求められるようになって、日本の外壁防水技術の新しい時代が幕を開けたのです。
当時の現場では、外壁コンクリートのひび割れや外壁目地から浸水する事故が多発していました。
そんな中、化学メーカーや建設技術者、そして現場の職人たちは、「どうすれば建物そのものに防水性を持たせられるか」という課題に挑みます。
ちょうど同じ頃、国内の有機化学分野では樹脂やゴムの合成技術が飛躍的に進歩し、 これを応用して生まれたのが「塗ることで防水膜を形成する」という発想、すなわち「塗膜防水」です。
現場で液体状の防水材を塗布し、化学反応によって弾性のある膜をつくるこの方法は、従来の防水シートやモルタル防水とは一線を画すものでした。
特に日本のような四季のある湿潤気候では、温度変化による伸縮や下地との密着性に課題がありましたが、 職人たちは試行錯誤を重ね、ついに「現場で塗って防水する柔軟な膜」を実現させ、それが後の建築用塗膜防水材(JIS A 6021)の原型となりました。
防水という言葉は、単なる施工技術ではなく、 日本の建築が「量の時代」から「品質と耐久の時代」へと移る転換点を象徴していました。
1950〜60年代、それは職人たちが手仕事で「防水」という文化を築き上げた原点の時代でもあったのです。
「建築用塗膜防水材(JIS A 6021)」の開発を強く後押ししたのが、1955年(昭和30年)に政府の肝いりで誕生した 日本住宅公団(現・UR都市再生機構)でした。
その目的は明確で、「勤労者のために、できるだけ早く、しかも不燃性で文化的な住宅を供給すること。」それは、戦後の住宅難を根本から解決しようという国家的な使命でした。
当時の現場は、まさに日本の高度成長を象徴する熱気に包まれていました。
昼夜を問わず建設が進み、夜空にはコンクリートミキサー車のライトが照らされ、 職人たちの声と金属音が絶えませんでした。
大阪・堺の金岡団地を皮切りにして、稲毛・青戸・高島平といった地域で次々と団地が建設され、 まるで新しい「街」そのものが生まれていくようなスピード感だったそうです。
コンクリート打設の蒸気が立ちのぼり、冬の朝には白い息を吐く職人たちが黙々と働く。 そんな現場の光景は、まさに「昭和のニッポン」の象徴ともいえました。
完成した団地群は、当時としては画期的な設備を備えていました。 鉄筋コンクリート造、ステンレス流し台、水洗トイレ、ガス瞬間湯沸かし器、そしてベランダ。
それは「雨風をしのぐ家」から「快適に暮らす家」へと進化した象徴であり、 若いサラリーマン家庭にとっては憧れの的でした。
休日にはベランダで洗濯物が風に揺れ、子どもたちの笑い声が中庭に響く。
新しい生活のリズムが、団地という舞台で育まれていったのです。
この時代、「団地族」「三種の神器(テレビ・洗濯機・冷蔵庫)」といった言葉が生まれ、暮らしのスタイルが一気に近代化しました。
白黒テレビの明かりが団地の窓からもれ、夕方には炊飯器の湯気が立ちのぼる。
そんな風景こそが、日本が「豊かさと機能美」を意識し始めた瞬間でした。
そしてこの「団地文化」の隆盛が、後に外装仕上げや防水技術の発展を強く支える土台となっていくのです。
大量の集合住宅を短期間で建設する中で、日本住宅公団は外装仕上げ材の開発・改良にも積極的に取り組みました。
当初は、着色セメントを水で溶いた「セメントウォーターペイント」を刷毛で塗る工法が主流でしたが、 現場のスピードに限界があり、職人の労力も膨大でした。
やがて、圧縮空気を利用して塗材を霧状に吹き付ける「吹付け工法」が導入され、 外壁仕上げの常識が大きく変わっていきます。
この新しい技術の普及とともに、 従来の左官職から派生した新しい専門職――通称「ガン屋(吹付け屋)」が誕生しました。
彼らは左官のコテではなく、吹付ガン(リシンガン、タイルガン、スタッコガンなど)を自在に操り、 建物の壁面を均一に、美しく、そして効率的に仕上げていくスペシャリストでした。
手塗りでは数日かかった外壁が、吹付けならわずか数時間で完了します。
この効率性は、まさに高度成長期の「スピード施工」の象徴で、 当時ガン屋の姿はどこか職人離れして見えたといわれます。
腰袋の代わりにエアホースを肩にかけ、 ヘルメットを傾けながら、セメントリシンやスタッコを外壁に吹き付けていく。
その姿は、まるで時代の風を操るようであり、 彼らが吹き付ける音は、 昭和の団地建設ラッシュの象徴ともなりました。
セメントリシンとは、撥水剤(ステアリン酸カルシウムなど)を加えたセメントウォーターペイントに、珪砂や寒水石といった骨材を混ぜた砂壁状仕上げ材のこと。
水をかけても表面を弾く性質から「防水リシン」と呼ばれ、団地外壁の標準仕様として採用されました。
ちなみに「リシン」という名称は、明治期にドイツから導入された左官仕上げ「リシン掻き落とし」に由来する商品名です。
この時代、セメント系仕上げ材を供給するメーカーであるイビケン、宇部興産、四国化成、日本スタッコ、ボンタイル、ヤブ原産業などが次々に台頭します。
それらのメーカーが中心となって、1965年(昭和40年)6月には日本防水リシン工業会(現・日本建築仕上材工業会)が発足し、日本の外装仕上げ文化の礎を築き上げました。
外壁防水の歴史2. 厚膜化と意匠性の進化 ― 吹付けスタッコ、タイル、クレーターの誕生

当時のコンクリートは打放し面の精度が悪く、下地のモルタルを何度も塗り重ねる必要がありました。
しかし型枠の精度が向上し、次第に「薄塗り仕上げ」でも美しく仕上げられるようになります。
セメントリシンに代わって、重厚感あるセメントスタッコやセメントタイル、さらには厚膜で立体感のあるクレーター仕上げ(月面のクレーターのような、丸みを帯びた不規則な凹凸模様=今ではあまり見られない高級な外壁仕上げ)が登場します。
なかでもドイツから輸入された「ボンタイル」のクレーター仕上げは、色彩の重ね吹き(多彩模様仕上げ=関西ペイントのゾラコートが代表的)によって高級感のある外観を実現し、京王プラザホテルや大阪のOMMビルなど著名建築にも採用され、一躍その名を知られる存在となりました。
外壁防水の歴史3. セメント系仕上げ材の限界と新しい時代の幕開け

ただし、セメント系塗材には大きな弱点もありました。
現場での水との混練りによる品質バラツキ、冬期の白華(エフロレッセンス)、早期退色や剥離などが頻発しました。
また耐久性の点で深刻な問題が相次ぎました。
エマルション樹脂の添加などで改質が試みられたものの、根本的な解決には至らず、やがてセメント系仕上げは衰退の道をたどります。
しかし、この時代の試行錯誤こそが、後のJIS A 6909(防水形外装合成樹脂エマルション系薄付け仕上塗材)やウレタン・アクリル樹脂を用いた防水塗膜の誕生へとつながっていきます。
まさに「団地とともに育った仕上げ材の文化」が、日本の外壁防水技術の礎を築いたのです。
1973年(昭和48年)日本経済は高度成長期の熱気が一段落し、第一次オイルショックの影響が社会全体を揺るがせていました。
建設現場でも資材価格の高騰や工期短縮のプレッシャーが強まり、「速く、安く、そして長持ちする外壁仕上げ」が強く求められるようになります。
日本住宅公団ではいち早く、仕上げの分野でも省力化工法の開発に取り組み、当時の大手塗料メーカー5社
恒和化学工業(ダイフレックス→シーカ・ジャパン)、神東塗料、関西ペイント、トウペ、日本ペイントとの官民一体の共同開発により、スポンジ状の多孔質ハンドローラー(マスチックローラー=大塚刷毛製造が開発)により、ワンコートフィニッシュで厚膜に仕上げ、工期の短縮や経費の節減に優れた材料「マスチック塗材A・C」が開発され、昭和48年1月には「マスチック塗材施工協会」が発足されました。
また同時期には、外装塗料の世界で「防水の概念を変える」一つの革新技術が生まれようとしていました。
それがゴムのように伸び縮みする画期的な塗料 「弾性塗料」の誕生でした。
当時の外壁仕上げといえば、「リシン」「スタッコ」「吹付けタイル」といったセメント系や合成樹脂系の厚膜仕上げが主流でした。
それらは意匠性は高かったものの、建物の防水性能としては限界がありました。
これまで外壁の防水といえば、屋上防水や油性系などシーリング材で対応するのが一般的で、外壁そのものに防水性を持たせる技術は、まだ確立していませんでした。
この課題に真正面から取り組んだのが、化学メーカーと現場の塗装職人たちです。
「外壁全体を防水膜で包む」という発想のもと、ゴムのように伸び、雨水を通さず、下地の動きにも追従できる新素材、それが「弾性塗料」でした。
アクリルゴムを主成分としたこの弾性塗料は、 外壁の細かなクラックを覆い、柔軟な防水膜を形成することで、 モルタルやコンクリート建築の雨漏れ問題を根本的に解決へ導きました。
従来の「固い塗装から、柔らかく防水する塗装へ」この大きな転換こそが、1970年代における外装仕上げの最大の進化であり、 後のJIS規格化や防水設計思想にも大きな影響を与えていきます。
こうして「ゴムのような塗料」と呼ばれた弾性塗料は、単なる新素材ではなく、外壁防水の歴史におけるターニングポイントとなりました。
建物を守るという機能に「しなやかさ」という価値を加えた、 まさに日本の防水文化の成熟を象徴する誕生だったのです。
特に昭和30年代〜40年代初頭にかけての第一次・第二次マンションブームで大量に建設された 鉄筋コンクリートやモルタル造の集合住宅では、経年劣化による外壁のひび割れ(クラック)が全国で問題化して、まさに防水が建物の耐久性を左右する時代に突入したのです。
当時の工事現場では、工期短縮とコスト削減のために、規格外の「水で薄めた生コン」、通称「シャブコン」が多用されていました。
コンクリートの打設は、水分が多いほど作業性は上がりますが、乾燥収縮が大きくなるため、硬化後のコンクリートやモルタルに微細な亀裂が生じやすく、圧縮強度が低くなります。
また、当時は河川の砂採取が規制されたこともあり、十分に洗浄されていない海砂がコンクリートが使用され、ひび割れ、中性化、爆裂などコンクリート構造物の劣化を早める原因となり、それに伴い外壁からの雨水浸入を引き起こし、当時の施工管理者たちを悩ませました。
さらに当時は「雨漏りは屋上から発生する」と考えられていましたが、調査の結果、屋上よりも外壁からの漏水事故の方が圧倒的に多いことが判明しました。
この事実が発表されたとき、建築業界はまさに驚愕でした。
それが原因なって「壁面防水」という新たな概念が誕生した瞬間でもありました。
この「壁面防水」という新たなテーマにいち早く挑んだのが、東亞合成化学工業(現・東亞合成)です。
同社はアクリルゴムエマルションの量産化に成功し、1972年(昭和47年)に塗布形屋根防水材「アロンコートSA」を開発しました。
そして翌1973年、その技術を応用し、壁面用の複層弾性塗料「アロンウォール」を発売しました。
これが日本における本格的な防水型弾性塗料の始まりといえます。
それ以降には、イサム塗料の「アトロンエラストマー」、セブンケミカルの「セブンウォール」、三菱レイヨンの「アクリトーン」、ABC商会の「ウォールコートU」など、各社が競うように新製品を発表し、外装塗料は「硬い塗膜から、柔らかく追従する防水塗膜」へと、大きく進化していきました。
外壁防水の歴史4. 単層形と複層形 ― 弾性塗料の体系化と普及
1970年代後半から1980年代にかけて、外壁防水の分野は大きな転換期を迎えます。
防水機能を持つ塗料が「どのように施工され、どの層で機能を発揮するのか」を明確に分類する試み。
それが弾性塗料の体系化でした。
防水性を強化するための多層構造をもつ「複層形」、そして簡易防水を目的に、一工程で仕上げる「単層形」。
これらは単なる施工手法の違いではなく、外壁防水の設計思想を根本から変える発想でした。
「複層形弾性塗料」は、シーラー・主材・上塗りの3層構成を基本とし、中塗り層(主材)に弾性樹脂を高配合させることで、防水膜としての機能を確立しました。
特にアクリルゴムエマルションやウレタンエラストマー系樹脂の採用によって、下地の微細な動きや温度変化に追従し、ひび割れを再発させない柔軟な防水層を形成します。
いわば「建物を包み込む塗膜防水」として、集合住宅やRC造建築に多く採用されていきます。
よくわかる 外壁用弾性塗料の特徴とメリット、デメリット
外壁防水の歴史5. JIS A 6909 制定 ― 外装仕上げの定義化と「防水を塗る」時代の幕開け
1983年(昭和58年)、日本の外壁防水の歴史において大きな転機が訪れます。
それが、JIS A 6909「建築用仕上塗材」の制定です。
の規格は、それまでメーカーごとに異なっていた性能評価・呼称・防水基準を統一し、 外壁仕上げが「装飾」から「機能と性能をもつ建材」へと正式に位置づけられた瞬間でもありました。
言い換えれば、外壁塗装が初めて「建築物の防水」という明確な使命を帯びたのです。
JIS A 6909では、外装仕上塗材を次のように体系化しています。
- 非防水形仕上塗材(意匠仕上げを目的とした一般塗材)
- 防水形仕上塗材(弾性塗料・複層仕上げなど、防水機能を備えた塗材)
- 厚付け形仕上塗材(タイル吹付けやスタッコ仕上げなど、装飾性と耐久性を両立した塗材)
この中でも特に注目されたのが、 「防水形外装合成樹脂エマルション系薄付け仕上塗材」、 すなわち「雨水の侵入を防ぐ弾性塗料」の性能規定です。
この明確な定義により、塗料の役割は「見た目を整えるための化粧」から、 「建物を長期的に防水・保護する科学的な塗膜構造」へと進化しました。
JIS A 6909の制定は、防水塗料の世界にとってまさに革命的なできごとでした。
それ以前は、弾性塗料の防水性能や耐候性をメーカーごとに独自評価しており「職人の経験と勘」に依存した部分が多く存在していました。
しかしこのJISによって、防水性・透湿性・付着性・耐候性・弾性回復性といった 具体的な性能基準が明文化され、誰が見ても比較・検証できる体系が確立されたのです。
この規格化により、各社が競うように新しい防水形仕上塗材を開発。
東亞合成の「アロンウォール」やイサム塗料の「アトロンエラストマー」に代表される 複層形弾性塗料が普及し、マンションやビルの外壁防水のスタンダードとして確立されていきました。
外壁防水は、もはや現場任せではなく、「科学とデータに基づく設計」の時代へと進化したのです。
ちなみに、この頃「弾性(ダンセイ)塗料」という言葉がまだ一般的ではなく、「ダンセイ塗料って何? 女性用の塗料?」と尋ねられることも少なくなかったといいます。
技術用語が一般社会に浸透していく黎明期ならではの、どこか微笑ましいエピソードです。
「防水」という言葉が、専門職人だけでなく、一般の住宅オーナーにも浸透し始めたのがまさにこの時代でした。
1970年代の複層形弾性塗料(アロンウォールなど)がプロ仕様中心であったのに対し、 1980年代半ばからは、施工性を飛躍的に高めた単層弾性塗料が登場します。
中塗りと上塗りを一体化した省工程の塗料であり、 ローラー1本で塗装できる高効率防水仕上げとして広まりました。
施工時間を大幅に短縮し、コストを抑えながらも、優れた防水性とひび割れ追従性を維持できるため、戸建住宅や中小規模マンションの塗替え市場で爆発的に普及します。
黎明期の代表的な製品としては、 日本ペイントの「DANユニ」、四国化研(現・エスケー化研)の「弾性トップレス」、鈴鹿塗料(現・スズカファイン)の「ラバリコート」などが挙げられます。
これらの製品は、防水性能と意匠性を両立する「次世代の仕上げ塗材」として業界を席巻しました。
「防水塗料がプロのための技術から、一般住宅にも根づく暮らしを守る文化へ」 まさにこの時代、外壁防水は「塗る技術」として完成形に近づいていったのです。
外壁防水の歴史6. 1980〜1990年代|「美しさ」「快適さ」「防水による安心」が同時に求められる

1980年代、日本の街並みは一気にカラフルに変わり始めました。
それまでの灰色がかったセメントリシンやセメントスタッコの外壁に代わって、やわらかな光沢としっとりした質感をまとう外壁が登場し、住宅の表情がより豊かになっていきます。
経済の成熟とともに、人々の暮らしには「美しさ」と「快適さ」、そして「防水による安心」が同時に求められるようになりました。
まさに「デザインと防水の両立」が、新しい時代の外壁塗装のテーマとなったのです。
高度成長期を支えた大量供給型の団地建設が一段落し、 住宅市場は「量」から「質」へと価値観を大きく転換し、家は単に「住む場所」ではなく、「家族の個性を表現する空間」になりました。
それに伴いエクステリアや屋根材のデザインが多様化し、 外壁にも上品さ・素材感・防水性・清潔感が同時に求められるようになりました。
その結果、塗装は装飾ではなく「建物を保護し、美しく防水する」行為へと位置づけが変わっていきます。
また、80年代後半のバブル経済を背景に住宅建材の研究も活発になり、アクリル、ウレタン、シリコンといった合成樹脂の改良が進み、「塗ることで防水膜を形成する」塗料の性能が飛躍的に向上しました。
当時、特に注目を集めたのが先にもお伝えした弾性仕上塗材=ダンセイです。
「外壁のひび割れを追従し、雨を弾き、美しく仕上げる。」機能と美観を兼ね備えたこの塗材は、まさに外壁防水の新しいスタンダードでした。
外壁防水の歴史7. 1990年代 ― 微弾性フィラーの登場と「下塗り兼中塗り」という新発想

1980年代に広く普及した単層弾性塗料は、その優れた追従性と防水性によって一時代を築きました。
しかし、1990年代に入ると外壁塗装の現場では新たな課題が浮かび上がります。
それは、通気不足による塗膜の膨れ・はがれでした。
単層弾性塗料は確かに柔らかく、防水性が優れていましたが、その一方で塗膜が「密閉性」を高めすぎる傾向がありました。
特に日本のような高温多湿の気候では、モルタル内部の水分や蒸気の逃げ場がなくなり、その防水機能によって、外壁表面に膨れが生じるという現象が生じてしまい、アクリルゴム特有の塗膜汚染も問題になりつつありました。
これらが理由で「弾性塗料=メンテナンスが難しい」というイメージを持たれる時期でもありました。
それまで弾性塗料は、付着性が低く専用シーラーによる下塗りが不可欠とされていましたが、新築と改修では、求められる「防水の機能」がまったく違うということに実際の現場を熟知した職人たちは気づき始めます。
新築でのシーラー下塗りは、コンクリートやモルタルのアルカリ止めや、粉化層への浸透補強が目的です。
しかし改修工事では、すでに既存塗膜が下地を覆っているため、浸透よりも重要なのは 「既存塗膜への確実な密着性」これこそが、仕上がりの防水性能を左右させる本質でした。
こうした現場からの気付きが、やがて新たなカテゴリーである「微弾性フィラー」の誕生につながります。
それは、既存の塗膜にしっかり密着しながらヘアークラックを覆い、 上塗りの密着性まで高めるという、まさに多機能な下塗り材で、 防水・密着・下地調整という三役を一手に担う、革新的な存在になりました。
現場の職人たちはそれを「弾性塗料を支える下地」として頼りにし、 メーカーは「改修に最適な防水下塗り材」として技術を磨きました。
そうして、塗装業界に新しい常識―― 「シーラー不要でも、防水は下塗りから始まる」という考え方が次第に広がっていきます。
発売当初から今日まで、高い評価を受けてきた代表的な微弾性フィラーには、 エスケー化研「ソフトサーフSG」、関西ペイント「アレスホルダーGⅡ」、 日本ペイント「アンダーフィラー弾性エクセル」、スズカファイン「リメークプラ」などがあります。
それぞれの製品が培ってきた技術は、今も現場で生き続けています。
従来の外壁塗装では、防水性能の多くを中塗りや上塗りに委ねるのが一般的でした。
つまり、防水とは「仕上げ工程で与えるもの」という発想が主流だったのです。
しかし1990年代に入り、その常識を覆す新しい技術が登場します。
それが「微弾性フィラー」です。
微弾性フィラーの最大の革新は、 「下塗りの段階で防水と密着の基盤をつくる」という発想を現場に根づかせたことでした。
モルタル系外壁に生じやすいヘアクラック(微細なひび割れ)に対して、 弾性のある下地層で水の侵入を防ぎつつ、上塗りとの密着力を高める。
いわば「防水の下地づくり」という新しい概念が、この時代に確立されたのです。
しかも、微弾性フィラーは上塗り材を選びません。
アクリル・ウレタン・シリコン・フッ素といったさまざまな塗料との組み合わせが可能で、下塗り材としての柔軟性と互換性に優れていました。
塗膜は単層弾性塗料のように厚すぎず、乾燥も早く、塗り重ね作業もスムーズです。 職人にとっても扱いやすく、仕上がりの美観・防水性能・施工性のバランスが非常に高かったことから、 1990年代後半には全国の塗装現場で一気に普及していきます。
この微弾性フィラーの普及に歩調を合わせるように、 水性反応硬化型エマルション塗料やNAD塗料(Non Aqueous Dispersion=非水分散系塗料)も進化を遂げました。
特にウレタン、シリコン、フッ素といった高耐候性樹脂との組み合わせにより、 「防水下地+高耐久仕上げ」という構成が、改修工事における新たな標準仕様となっていったのです。
こうして、塗装の世界では「塗る防水」がいっそう実用的・構造的に成熟していきました。
単層弾性塗料が「機能の融合」を象徴する存在だったのに対し、微弾性フィラーは「役割の分割と再統合」を示す技術革新でした。
それは、「防水を仕上げではなく、基礎から考える」まさに日本の塗装文化が次の時代へと進む、大きな一歩だったのです。
外壁塗装を検討する際、知っておきたい下塗り材【微弾性フィラー】とは?
外壁防水の歴史8. 2000年代 ― 下地調整フィラー製品の発展と現代への継承

その後、微弾性フィラーは、メーカー各社の研究努力によってさらなる進化を遂げ、 多様な製品が登場していきます。
1990年代に確立された「下塗り材で防水効果を持たせる」という考え方が、 2000年代には「環境にやさしく、より安定した仕上がりを実現する技術」として深化していったのです。
その中の代表的な製品には
| 2000年代 微弾性フィラー代表的な製品 一例 | |
|---|---|
| エスケー化研 | 「水性ハイブリッドサーフ」「エスケープレミアムフィラー」「水性弾性サーフエポ」 |
| 関西ペイント | 「アレスホルダーHG」「アレスダイナミックフィラー」 |
| スズカファイン | 「リメークエポ」「WBリメーク弾性フィラーEPO」「WBリメーク高弾性ウレタンフィラー」 |
| 日本ペイント | 「DANフィラーリフレックス」「パーフェクトフィラー」 |
| 菊水化学工業 | 「キクスイロイヤルフィラー」「ソフトリカバルーン」 |
これらの下地調整フィラーは、微細なひび割れを遮蔽し、外壁の凹凸を均しながら、 上塗り塗料の性能を最大限に引き出す。
いわば名脇役としての存在感を確立しました。 とくに日本ペイントの「パーフェクトフィラー」は、 微弾性+作業性+高密着という三要素を高次元で融合させた代表的製品として知られています。
もはや下地調整フィラーは単なる下塗りではなく、「建物を長持ちさせるベース材」としてのポジションを確立しました。
この頃から、塗装という行為は、色を塗ることから、性能を重ねるものへと変化していきます。
防水性・密着性・透湿性・環境対応性などあらゆる性能を一つの塗膜の中に集約するという大きな挑戦が始まったのです。
2000年代後半には、水性反応硬化型やハイブリッド樹脂系の塗料が続々と登場。
VOC(揮発性有機化合物)削減を目的とした環境法規制の強化も相まって、 塗料メーカーは競うように「低臭・低公害・高性能」な製品開発を進めていきました。
この流れは、まさに塗料業界が「環境と防水の両立」という新しいテーマに取り組み始めた時代です。
現場の職人たちにとっても、それは大きな変化でした。
「臭気が少なく、乾燥が速く、塗りやすい」それでいて防水性と耐候性を兼ね備えた下塗り材。
雨の日が多い日本の現場において、これほど心強い進化はありません。
「環境にも人にもやさしい防水下塗り材」は、職人の手仕事を支える頼もしいパートナーとなっていきます。
こうして2000年代は、「性能の時代から思想の時代」へ。
塗料はただの素材ではなく、建物と自然、そして人の暮らしをつなぐ技術としての役割を担うようになりました。
微弾性フィラーに始まった「下塗り防水」の概念は、 今も進化を続けるハイブリッドフィラーや環境配慮型塗料に、確実に受け継がれています。
10. 外壁防水の歴史まとめ 「持続可能な美しさ」を塗る時代へ

半世紀以上にわたる防水・外装塗料の歩みを振り返ると、 常にキーワードとなってきたのは「柔軟さ」と「調和」です。
防水技術の発展も、外壁塗料の進化も、社会の変化もすべては「建物を長く、美しく、そして確実に防水する」という目的のもとにあります。
気候変動・高温多湿・人口減少、これからの時代、 建築塗装は「耐久性」だけでなく、「再生と持続」、そして「防水性能」のあり方がより深く問われます。
AIによる塗膜・防水診断、自己修復型の防水塗料、ナノコーティングなど、 塗料と防水の世界は今まさに新しいフェーズへと突入しています。
けれども、その根底にある想いは変わりません。
「塗ることで、防水し、建物を守る」 「色を重ねることで、暮らしを美しくする」これこそが、塗装職人が時代を超えて受け継いできた原点です。
小林塗装では、こうした長年の防水技術と塗装の思想を受け継ぎながら、 建物と環境の両方を守る、より良い防水・塗装の在り方を提案しています。
最新のハイブリッド防水塗料も、結局のところ「人と建物の暮らしを支えるための積み重ね」です。
その本質は、1950年代の塗装職人、左官職人、防水職人たちが抱いた志と、何ひとつ変わっていません。
外壁塗装のことなら、外壁防水の歴史に詳しい小林塗装にお任せください。
小林塗装では、外壁材の種類と開発されてきた経緯を考慮した外壁防水と塗装工事を提案しています。
ですから、塗布量・乾燥時間・塗り重ねのタイミングなど塗料の性能を最大限に引き出すための正しい手順を一つひとつ丁寧に行うことを大切にしています。
「とにかく塗れば安心」ではなく、「適切だからこそ安心できる」品質本位の塗装工事でおしゃれが長持ちする塗装を創っています。
コラム筆者
小林塗装 店主 小林ゆず
小林塗装の店主小林ゆずは、コラム「外壁防水の歴史」の筆者で、名古屋を拠点に「塗装工事の専門店」としてこれまで数多くの現場に携わり、30年以上に亘って培ってきた豊富な知識と経験を大切にしてきました。
当店のホームページでは、そうした多く経験の積み重ねから得た確かな技術やノウハウを、外壁・屋根・室内など塗装を検討されている一般のお客様に分かりやすくお伝えできるよう、コラムというカタチで発信しています。
塗装工事は、多くのお客様にとって一生のうちに何度も経験することではなく、「どの塗料を選べば安心なのだろう?」「そもそも何年くらいで塗り替えるのがいいの?」といった疑問や不安が尽きないものだと思います。
だからこそ、自分自身が専門家としての知識を惜しみなく共有しながら、どなたにも気軽に読んでもらえる言葉で、少しでも安心や納得につながる情報をお届けすることを心掛けています。
これからも初めて塗装工事を検討される方はもちろん、ちょっとした疑問を感じている方にも、肩ひじ張らずに読んでもらえる情報を発信し続け、住まいに寄り添う塗装の専門家としてお役に立てたら嬉しいです。
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