塗装職人の間でよくある議論|昔の職人と今の職人、どっちが凄い?
若い塗装職人とベテラン塗装職人が何人か集まって仕事の話をしていると、ときどきこんな議論が始まります。
「昔の職人は、本当に腕が良かったよな」「いやいや、今の職人の方が覚えなきゃいけないことは多いですよ」。
昔の親方からすれば、「今は便利なローラーもテープも材料もあるから、昔に比べればずいぶん仕事がしやすくなったな」と言いたくなるかと思います。
一方、若い職人からすれば、「でも今は、昔にはなかったサイディングや難付着下地、複雑な塗料仕様だけでなく、安全管理まで覚えないといけないんですよ」と言いたくなると思います。
実際のところは、どちらの言い分にも納得できる部分があります。
しかも現在は、インターネットやSNSを開けば、塗料、施工方法、不具合事例、職人技、メーカー情報など、昔では考えられないほど多くの情報に触れられます。
これは職人にとって非常に便利な環境ですが、情報が多いからこそ、書いてあることをそのまま信じるのではなく、「誰が、どんな根拠で発信している情報なのか」を見極めるリテラシーも必要になりました。
たとえば、SNSで見かけた施工方法が格好良く見えても、その方法がすべての外壁材や塗料へ使えるとは限りません。
メーカーの施工要領書や技術資料と照らし合わせたり、実際の下地や施工条件を確認したりしながら、「ネットで見たから正しい」ではなく、自分で根拠を確かめて判断する力が求められます。
さらに今の職人は、情報を受け取る側だけではありません。
施工写真や動画をSNSへ掲載したり、自社ホームページで工事内容を説明したりと、自分たち自身が情報を発信する側にもなっています。
そうなると、お客様のプライバシーを守ることはもちろん、他社や他の職人を必要以上に批判しないこと、施工内容を大げさに見せないこと、自分に都合の良い部分だけを切り取って発信しないことなど、技術とは別のモラルや情報発信への責任も必要です。
言ってしまえば、昔は「知らないことを覚える力」が大切でしたが、現在はそれに加えて、大量の情報のなかから正しいものを選び、現場で適切に使い、さらに責任を持って人へ伝える力まで必要になっています。
情報が増えたから職人が楽になったというより、情報が増えたぶん、「何を信じ、どう扱うか」という新しい難しさが増えたとも言えるでしょう。
そこで今回は、単純な昔自慢や「今どきの若い職人は・・・」といった世代間の話だけで終わらせず、塗装職人に求められる能力そのものが、時代とともにどのように変わってきたのかを少し掘り下げて考えてみたいと思います。
刷毛、ローラー、調色、養生、下地処理、塗料、住宅建材、安全管理、お客様への説明力、そして現在では欠かせなくなった情報リテラシーやモラルまで一つずつ並べて比べてみると、思っている以上に興味深い違いが見えてきます。
ですから小林塗装では、「昔の職人と今の職人では、求められている凄さの種類が違う」と考えています。
昔から受け継がれてきた手仕事の感覚には、今でも学ぶべきことがたくさんあります。
ただ、それだけでは現在の住宅塗装には十分対応できません。
だからこそ本当にすごい職人とは、昔ながらの技術や感覚を大切にしながら、現代の材料、塗料の科学、施工管理、安全管理について学び、さらにネット上にあふれる情報を鵜呑みにせず、自分で確かめ、お客様へ誠実に伝えられる職人ではないでしょうか。
- ■ 昔の塗装職人は何が凄かったのか
- ■ 現在の塗装職人に求められる能力
- ■ 刷毛・ローラー・養生技術はどう変わったのか
- ■ 昔と現在では塗料や外壁材がどのくらい違うのか
- ■ 便利な道具が増えると職人の腕は落ちるのか
- ■ 昔ながらの職人気質の良いところ・悪いところ
- ■ これから本当に評価される塗装職人像
1. 昔の塗装職人と今の塗装職人はどっちが凄い?
結論からお伝えすると、昔と今のどちらが上なのかを、単純に決めることはできません。
というのも、昔と現在とでは使っている塗料も、住宅のつくりも、道具も、施工基準も違いますし、お客様から塗装職人へ求められるものまで大きく変わっているからです。
例えば昔の職人には、刷毛一本で広い面をきれいに仕上げる技術や、現場で既存色に合わせる調色力、それほど道具がそろっていない状況でも仕事を成立させる応用力が強く求められました。
いわば、長い年月のなかで身体に染み込んだ「手仕事の濃さ」です。
一方、現在の職人はというと、窯業系サイディング、ALC、モルタル、金属サイディング、ガルバリウム鋼板、各種シーリング材、防水材など、非常に多くの材料と付き合わなくてはなりません。
塗料についても、水性・弱溶剤、1液・2液、エポキシ、ウレタン、シリコン、フッ素、無機系など選択肢が増えていますから、「塗れる」だけでなく、適切に使い分ける専門知識まで必要になっています。
- ■ 昔の職人……一つひとつの手仕事を深く、身体で覚える能力
- ■ 現在の職人……多様な建材・塗料・施工条件を組み合わせて判断する能力
かなり乱暴にまとめれば、昔は「深さ」が強く求められ、現在は「深さ」に加えて「広さ」まで求められるようになった、ということだと思います。
そう考えると、そもそも昔と今の職人をまったく同じ物差しで比べること自体、少し無理があるのかもしれません。

昔と今では、求められる職人力そのものが違う ニャ。
どちらが上かより、得意な力を見ると分かりやすい ニャ♪
2. 昔の塗装職人が凄かった理由
昔の職人が凄かったと言われる大きな理由の一つは、今ほど便利な材料や副資材、電動工具がそろっていなかったことだと思います。
便利なものが少なければ、足りない部分は結局、自分の技術や経験で補うしかありません。
道具が仕事を助けてくれるというより、自分の腕で道具を仕事にしていく感覚です。
現在なら、用途に合わせたローラーや刷毛、マスキングテープ、養生シート、電動研磨工具など、かなり使いやすい道具がそろっています。
もちろん、良い道具を持っているだけできれいに仕上がるわけではなく、使いこなす技術は必要ですが、道具そのものの性能が上がっていることは間違いありません。
一方、昔は現在ほど「この作業には、この専用品を使えばよい」という選択肢が豊富ではありませんでした。
そのため、刷毛を自分好みに調整したり、道具を少し加工したり、現場の形状に合わせて使い方を工夫したりと、職人自身が考えなければならない場面が今以上に多かったと思います。
道具を買えば仕事ができるのではなく、道具を自分の手の延長にしていく。
昔の腕の良い職人には、そういう感覚がかなり強かったように感じます。
昔は現在ほど測定機器やメーカー資料を手軽に確認できませんでしたから、目で見て、指で触って、ときには音を聞き、削ったときの感触まで含めて下地の状態を判断していました。
「このモルタルは少し弱っているな」「この木は水を吸っているな」「この旧塗膜は、このまま塗ったら危ないな」
長く現場へ立っていると、そうした小さな違和感を感じ取る力が育っていきます。
もちろん、だからといって「職人の勘だけで施工すればよい」という意味ではありません。
ただ、長年の経験によって身につく視覚・触覚・聴覚まで使った診断力には、ただマニュアルを読んだだけでは身につきにくいものがあります。
料理人が魚に触れて鮮度や身質を判断したり、大工さんが木目や反りを見ながら木の癖を読んだりするのと、少し似ているかもしれません。
熟練というのは、知識をたくさん覚えた状態というより、知識や経験が自然な身体の動きや判断へ変わった状態なのだと思います。
3. 刷毛塗りを見ると昔の塗装職人の凄さが分かります
昔の塗装職人について語るのであれば、やはり外せないのが刷毛です。
現在の住宅外壁ではローラー塗装が中心になっていますが、以前は今以上に刷毛を使う仕事が多く、職人の経験や技量が、そのまま塗膜の仕上がりへ表れやすい時代でした。
「刷毛に塗料をどのくらい含ませるのか?」「どの角度で面へ当て、どのくらいの圧力をかけるのか?」
そして、「どこで塗料を配って、最後にどちらの方向へ刷毛を通すのか?」
一つひとつは小さな動作ですが、それが積み重なると仕上がりにははっきりと差が出ます。
ですから同じ刷毛と同じ塗料を渡したとしても、職人が変われば仕上がりはかなり変わります。
塗料を付け過ぎれば垂れやすくなりますし、少な過ぎれば透けや膜厚不足につながります。
さらに、気になるからと何度も触れば刷毛目が荒れやすくなりますし、反対に触らな過ぎればムラを残すこともあります。
上手な職人の刷毛を見ていると、「刷毛を動かしている」というより、必要な量の塗料を必要な場所へ置き、それを自然に整えているように見えることがあります。
無駄な往復が少ないのに、必要な塗膜はきちんと付いている。
こういう動きは派手ではありませんが、横で見ていると本当にきれいです。
熟練した職人には不思議なところがあって、本当に仕事が速い人ほど、それほど急いでいるように見えません。
手数が少なく、材料を取りに戻る回数も少ないうえに、次の工程を考えながら身体が自然に動いているからだと思います。
逆に経験が浅いころは一生懸命動いているのに、なかなか仕事が前へ進まないことがあります。
刷毛を置いては取り、材料を取りに戻り、塗ってからまた考える。
本人はかなり忙しいのですが、進んだ面積を見ると「あれ?」ってなります。
これは塗装に限らず、料理や工場の仕事でも似たところがあるかもしれません。
本当の「速さ」とは、単純に手を速く動かすことではなく、無駄な動作を減らすことです。
昔の腕の良い職人から学べる部分として、これは時代が変わってもまったく古くならない技術だと思います。

上手な刷毛仕事は、手数が少ないのに仕上がりがきれいだ ニャ。
速さより、無駄のない動きを見るのがポイントだ ニャ♪
4. 調色・材料づくりにも昔ならではの塗装職人技がありました
昔の塗装職人が日常的に使っていた技術のなかで、現在より比重が大きかったものの一つが現場での調色です。
既製色や調色システムが充実している現在とは違い、実際の塗る場所を見ながら、職人自身が色を判断して合わせなければならない場面が今より多くありました。
例えば、少しくすんだベージュをつくるとします。
黄色と白だけでは、少し明るくきれい過ぎる。
そこで赤みをほんの少し加え、それでも鮮やか過ぎれば、黒や別の色をわずかに加えて彩度を落としていきます。
ところが、ここで色を入れ過ぎると今度は元へ戻すのが大変です。
調色というのは、意外と「あとほんの少し」が一番怖い仕事です。
目の前の色を見ながら「あと一滴かな」と入れた、その一滴で急に遠くなることもあります。
そうなると、色を戻すためにベースとなる塗料を足すことになり、気が付けば作ろうとしていた量よりずいぶん多く塗料ができていた、というのも昔からある調色の少し困ったところです。
さらに塗料は、濡れているときと乾燥したあとで色の見え方が変わることがありますし、同じ色でも日向と日陰では違って見えます。
そのため経験のある職人は、目の前の濡れ色だけを見ているのではなく、「今このくらいなら、乾けばこの辺りへ落ち着くだろう」と、少し先の色まで想像しながら慎重に調色します。
現在では、塗料販売店やメーカーの調色設備が発達しており、日塗工番号などを指定すれば、かなり安定した色を用意できます。
これは施工品質の安定や、色を記録・再現するという意味では非常に良い進歩です。
特に外壁全体のような大きな面積を塗る場合には、人の勘だけで大量に調色するより合理的です。
ただ、便利な仕組みが増えれば増えるほど、人間が自分で行わなくてよい作業も増えていきます。
カーナビが当たり前になって、昔ほど道を丸ごと覚えなくなったのと、少し似ているかもしれません。
だからといって、昔のやり方へ全部戻せばよいわけではありません。
本当に大切なのは、便利な調色システムを上手に使いながら、自分の目で色の違いを判断する力まで手放さないことです。
とくに部分補修や既存塗膜への色合わせでは、今でも職人の色を見る力や調色経験が役立つ場面があります。
5. 今の塗装職人は覚えなければならないことが増えています
ここまで読まれると、「それなら、やっぱり昔の職人の方が凄かったのでは?」と思われるかもしれません。
ところが、現在の塗装職人には現在ならではの難しさがあります。
昔と比べて楽になった部分がある一方で、とにかく覚えなければならない範囲が広くなりました。
現在の住宅塗装をきちんと行おうとすれば、刷毛やローラーをきれいに使えるだけでは十分ではありません。
外壁材の種類を見極め、既存塗膜の状態を確認し、適切な下塗り材や上塗り材を選び、メーカーの施工条件を守ったうえで、周囲の安全や近隣にも気を配る必要があります。
| 分野 | 昔の職人に強く求められた力 | 現在の職人に強く求められる力 |
|---|---|---|
| 塗装技能 | 刷毛・吹付け・手仕事 | 刷毛・ローラー・吹付け・多様な仕上げ |
| 調色 | 現場調色の経験 | 色番号+現場補色+色彩提案 |
| 外壁材 | モルタル・木・鉄など | サイディング・ALC・金属・難付着系など多様化 |
| 塗料 | 比較的限られた材料を深く使う | 多数の樹脂・下塗り・機能性塗料を使い分ける |
| 安全 | 経験則中心になりやすかった | 法令・SDS・保護具・リスク管理 |
| 施工管理 | 親方の経験による管理 | 仕様書・塗布量・乾燥時間・写真管理 |
| 顧客対応 | 元請や親方中心 | 職人にも説明力やマナーが求められる |
一見すると同じような外壁に見えても、窯業系サイディング、ALC、モルタル、金属では、それぞれ素材としての性質が違います。
さらに、既存塗膜が何なのか、表面へ特殊な処理が施されたサイディングなのか、以前どのような塗料が施工されたのかによって、下塗り材の選び方も変わってきます。
つまり現在の職人には、「きれいに塗る技術」の前に、「何を、どう塗ればよいのかを判断する知識」がかなり必要になっています。
いくらローラーをきれいに転がせても、下地へ合わない材料を選んでしまえば、工事全体としては良い仕事になりません。
職人技というと、どうしても手先の感覚や長年の勘ばかりが注目されます。
しかし現在では、塗料メーカーが定めている塗布量、希釈率、塗り重ね時間などを理解して、その条件に沿って施工する能力も、とても重要です。
昔ながらの「俺は30年この方法でやってきたから大丈夫!!」という経験だけでは、対応しにくい材料もあります。
だからこそ、経験を持ちながら、必要なときにはきちんと施工要領書や資料を確認する。
少し地味に見えるかもしれませんが、現在の優秀な職人には欠かせない姿勢です。
説明書を読む職人は格好悪い、なんてことは絶対にありません。
むしろ知らない材料を「たぶん大丈夫だろう」と知ったふりで施工する方が、塗装職人としてはずっと怖く、カッコ悪いです。
ベテランになっても確認すべきことを確認できる人ほど、本当の意味で良い職人だと思います。
6. ローラーや便利な道具が増えると塗装職人の腕は落ちる?
昔の職人と話していると、ときどき「今は道具が良いから、誰でも塗れるよ」という言葉が出てきます。
確かに昔と比べれば、使いやすいローラー、刷毛、マスキングテープ、養生材、電動工具などは増えています。
ただ、小林塗装としては「道具が良くなった=職人技が必要なくなった」ではないと考えています。
ローラーは、転がせばとりあえず塗料が付くため、刷毛より簡単そうに見えるかもしれません。
ところが実際には、毛丈や毛質、塗料の含み方や吐き出し方、塗料粘度、外壁の凹凸などを考えながらローラーを選ぶ必要があります。
ローラーへ塗料を十分に含ませないまま、乾いた状態に近いローラーを何度も転がせば、必要な塗膜を確保しにくくなります。
反対に塗料を付け過ぎれば、垂れたり、仕上げ肌が必要以上に荒れたりすることもあります。
さらにローラーを壁へ強く押し付け過ぎれば、せっかく含ませた材料を自分で絞り出してしまいます。
ただ転がしているように見えても、実際には「塗料を配り、均し、必要な量を塗面へ残す」という細かな操作をしています。
ローラー塗装にも、刷毛塗りとはまた違った奥深さがあります。
そもそも、便利な道具を使うことを悪いことのように考える必要はありません。
大工さんが電動工具を使ったから腕が悪いとは言いませんし、料理人が温度計を使ったから料理が下手だとも言わないでしょう。
便利な道具があるなら、それを上手に利用した方が品質も安定させやすくなります。
ただし、大切なのは道具へ仕事を丸投げしないことです。
その道具がどういう特性を持っているのかを理解し、自分の技術をさらに高めるために使う。
これが現代の職人らしい、道具との付き合い方だと思います。
便利なローラーを使って雑に塗る人もいれば、その同じローラーを使って非常に均一できれいな塗膜をつくる職人もいます。
結局のところ、塗装工事に限らず最後に仕事の質を決めるのは「道具の値段」ではなく、それを使う人です。
7. 外壁塗装の下地処理は昔と今、どちらが難しい?
外壁塗装のなかでも、職人の考え方や経験が出やすい工程の一つが下地処理です。
上塗りの色や艶は工事が終わっても見えていますが、その下へ隠れてしまうケレン、補修、シーリング、下塗りなどの工程こそ、塗装の耐久性や仕上がりを支えています。
木部や鉄部、モルタルなど、比較的素材の性質が分かりやすい建物では、傷んでいる部分を削り、埋め、研ぎ、そのうえから塗装するという手仕事が中心でした。
こうした作業を何年、何十年と続けてきた職人は、傷み方を見るだけで、ある程度どこまで処置すればよいか判断できることがあります。
とくに木部や鉄部は、下地処理をごまかすと後から結果に表れやすい部分です。
弱った旧塗膜を残し過ぎれば、その上からどれだけ高価な塗料を塗っても剥がれの原因になりますし、研磨が不十分なら仕上がりの肌にも影響します。
現在の住宅では、表面へ特殊な加工が施された建材や、塗装との相性に注意しなければならない素材も使われています。
そのため現在の職人には、何でもきれいに塗る技術だけではなく、「そもそも、この建材は塗ってよいのか」「どの下塗りなら適合するのか」を判断する力も必要です。
これは意外に重要なことです。
腕に自信のある職人ほど「何でも俺が塗ってやる」と言いたくなるかもしれませんが、材料同士の相性や密着性は、残念ながら気合いや根性だけではどうにもなりません。
昔の職人には素材の状態を身体で読む力があり、現在の職人には素材を経験だけでなく、知識やデータから読む力も求められています。
どちらか一方ではなく、「触って分かる」と「調べて分かる」を両方持っている職人が、これからますます強くなるのだと思います。
8. 外壁塗装の安全管理は昔の常識が通用しない分野です
この部分については、昔の職人仕事を必要以上に美化しない方がよいと思います。
昔の建設現場では、現在と比べて安全に対する考え方がかなり大らかだった時代もありました。
しかし、高所作業や有機溶剤などを扱う塗装工事では、「今まで事故が起きなかった」ことと、「その作業方法が安全だった」ことは同じではありません。
現在は塗料や洗浄剤などを扱う際にも、SDSなどを確認しながら危険性や有害性を理解し、必要な保護具や作業方法を考えることが重要になっています。
材料を正しく扱う知識も、現在では塗装技術の一部として考えた方がよいでしょう。
昔から長く仕事をしていると、「こんなもの、昔から素手で触ってきたよ」と言いたくなる人もいるかもしれません。
ただし、長年そうしてきたことと、その方法をこれからも続けるべきかどうかは別の話です。
身体への影響は、職人の武勇伝とは切り離して考えなければなりません。
朝、現場へ来た職人が、仕事を終えて安全に家へ帰る。
そこまで含めて職人技です。
これは現在の職人文化のなかで、もっと当たり前になってよい価値観だと思います。
戸建住宅の外壁塗装では、工事中もその住宅でお客様が生活されています。
近所には小さなお子さんや高齢者もいますし、道路には車や自転車、歩行者も通ります。
工事現場ではありますが、同時にそこは誰かの日常生活の場所でもあります。
足場、高圧洗浄、塗料の飛散、工具、養生材、材料の置き方など、自分たち職人だけが安全であればよいわけではありません。
お客様や近隣の方に危険が及ばないように考えるところまで含めて、現場管理です。
昔ながらの度胸や根性には、確かに見習いたいところもあります。
ただ現在では、危険を恐れない職人よりも、危険を事前に予測して事故を起こさない職人の方が優秀です。
これは職人が弱くなったのではなく、職人が背負うべき仕事の範囲や責任が一段広くなったと考えた方が自然だと思います。

今の職人は、塗る技術だけでなく安全まで考える ニャ。
無事に仕事を終えて帰るところまでが職人技だ ニャ♪
9. 「見て覚えろ」という昔の塗装職人教育をどう考える?
昔の職人教育について話すと、必ずと言っていいほど出てくるのが、「仕事は見て盗め」という言葉です。
今の感覚からすると少し乱暴に聞こえますが、実はこの考え方にも、職人を育てるうえで理にかなっている部分があります。
何でも最初から最後まで手取り足取り教えてもらうのではなく、先輩職人の立ち位置、手の動き、道具を置く場所、材料を取る順番、次の工程へ移るタイミングまで観察する。
そうやって仕事を覚えた人には、「なぜこの人は、こう動くんだろう」と自分で考える習慣が身につくことがあります。
本当に上手な人をじっくり観察していると、刷毛やローラーを動かしている瞬間だけではなく、作業へ入る前の準備から違うことに気付くはずです。
その意味では、「仕事を見る力」を鍛える職人教育には、今でも十分な価値があります。
一方で、「仕事は見て覚えろ」の一言ですべて済ませてしまうと、本人が間違って覚えていても、周囲が気付かないことがあります。
特に現在の塗装では、塗料の配合、塗布量、施工条件、安全管理など、感覚だけでなく言葉や数値で正確に伝えなければならないことも増えています。
親方が10年かけて試行錯誤しながら覚えたことを、弟子にもわざわざ10年かけて遠回りさせる必要はありません。
伝えられる知識や失敗例はきちんと教え、そのうえで本人にも観察させ、考えさせ、実際に手を動かしてもらう方が合理的です。
「見て覚える」と「理屈をきちんと教える」の両方を使う。
昔の教育の良いところを残しながら、今の時代に合った方法へ変えていく。
これが現在の職人教育では、一番現実的なのではないでしょうか。
10. 昔の塗装職人を今へ、今の塗装職人を昔へ連れていったら?
ここで少しだけ、変わった想像をしてみましょう。
もし昔の腕利き塗装職人をタイムマシンへ乗せて、2026年の名古屋の住宅塗装現場へ連れてきたら、一体どうなるでしょうか。
まず刷毛を持たせれば、おそらくかなり上手でしょう。
養生や下地処理でも、長年の経験の深さを感じさせる場面がたくさんあると思います。
道具の手入れや段取りを見ても、「さすがだな」と感じるところはきっとあるでしょう。
ところが、窯業系サイディング、難付着系の外壁材、2液型塗料、多種多様なシーリング材、メーカー施工仕様、SDSなどを一度に説明したら、最初は「なんだこれは?」となるかもしれません。
昔にはなかった材料や管理項目も多いため、いくら腕の良い職人でも、最初から全部理解できるわけではありません。
ただ、本当に優秀な職人なら、しばらくすればきっと覚えていくと思います。
なぜなら、本当に腕の良い職人とは、昔の方法へ頑固に固執する人ではなく、新しい材料や道具まで自分の技術として吸収できる人だからです。
逆に現在の若い腕利き職人を昔の現場へ連れていき、普段使っているローラーや便利なマスキングテープ、電動工具などを取り上げたらどうでしょう。
「えっ、マジでこの刷毛だけで全部塗るんですか?」
そんな声が聞こえてきそうです。
普段当たり前に使っている道具がなくなれば、今の職人でも最初は戸惑うでしょう。
現場で色を合わせ、限られた道具だけで養生し、刷毛を長時間使い、自分で道具を手入れしながら仕事を進める。
いつもとはまったく違う条件ですから、現在の優秀な職人であっても、慣れるまではかなり苦労すると思います。
じっくり考えてみると、職人の技術力には、その時代の材料・道具・住宅・施工条件へ適応する能力まで含まれていることが分かります。
昔の名人も今の名人も、それぞれの時代だからこそ磨かれた能力があります。
そう考えれば、「昔と今、どちらが上か」という話も、ちゃんと公平に見えてくるのではないでしょうか。
11. 昔にも下手な塗装職人はいたし、今にも凄い職人はいます
昔と今の職人を比較するとき、一番気を付けたいのは、昔の職人をひとまとめにして美化し過ぎないことです。
「昔の職人は、みんな腕が良かった」。
さすがにこれは、少し話を盛り過ぎだと思います。
何十年経っても昔話として語り継がれるのは、たいてい腕の良かった親方や驚くような技術を持っていた名人のエピソードです。
あまり上手ではなかった普通の職人や、雑な仕事をしていた人の話を、わざわざ何十年も大切に語り継ぐ人はそれほどいません。
「昔の音楽は良かった」という話と、少し似ているかもしれません。
昔の名曲だけを集めて、現在の普通の曲と比較したら、当然ながら昔の方が素晴らしく見えます。
でも実際には、どの時代にも名人がいて、ごく普通の職人がいて、残念ながら雑な職人もいたはずです。
逆に「若いから経験が足りない」と年齢だけで判断するのも違います。
仕事をよく観察し、メーカー資料をきちんと読み、自分が行った施工を振り返り、上手な先輩から素直に学べる若い職人は、どんどん伸びていきます。
現在は動画や技術情報にも触れやすいため、昔なら自分の親方や近くの職人からしか学べなかった技術を、他地域の職人や別分野の施工から学ぶこともできます。
これは若い職人にとって、非常に大きな強みです。
ただし情報が多い時代だからこそ、「見たことがある」と「自分でできる」を混同しないことも大切です。
ローラー塗装の動画を100本見ても、実際にローラーを100日動かした経験と同じにはなりません。
画面では分からない塗料の重さ、ローラーの抵抗、塗膜の変化といった感覚は、やはり現場で身につける部分があります。
知識は、経験から学ぶ速度を速くしてくれます。
ただし、知識が経験そのものを完全に代わってくれるわけではありません。
この部分については、便利な時代になった今でも、昔とそれほど変わっていないように思います。
12. まとめ|これから一番強い外壁塗装職人とは

昔の塗装職人と今の塗装職人では、一体どちらが凄いのでしょうか。
ここまでいろいろな角度から考えてみましたが、小林塗装としてはやはり「どちらか一方を無理に勝たせる必要はない」という結論になります。
昔の腕の良い職人には、刷毛塗り、現場調色、下地処理、道具の手入れ、段取りなど、長年の仕事を通して身体へ染み込んだ技術がありました。
便利な材料や道具が少なかったからこそ、自分で考え、自分の手で仕事を成立させる力が磨かれていたのだと思います。
一方、現在の職人には、多様化した外壁材や塗料についての知識、メーカー施工仕様の理解、安全衛生、化学物質管理、施工写真、近隣への配慮、お客様への説明など、昔とはまた違った能力が必要です。
職人仕事の守備範囲そのものが、かなり広くなりました。
ですから、時代が進んだから職人の仕事が簡単になったわけではありません。
昔からある「手仕事」という教科に、材料科学・安全管理・施工管理・コミュニケーションという新しい科目が加わったと考えると、分かりやすいのではないでしょうか。
- ■ 昔ながらの刷毛・ローラー・養生・下地処理を大切にする
- ■ 新しい塗料や建材を学び続ける
- ■ メーカー仕様と施工条件を守る
- ■ 経験だけでなく科学的な根拠も大切にする
- ■ 安全を技術の一部として考える
- ■ お客様へ分かりやすく説明する
- ■ 若い職人へ技術をきちんと伝える
こうして並べてみると、これから一番強い塗装職人は、「昔型」だけでも「今型」だけでもないことが分かります。
昔の職人が持っていた手の感覚を大切にしながら、現在の材料や建材について学べる頭も持っている人。
さらに言えば、「分からないこと」を格好悪がらずに調べ、何歳になっても新しいことを覚えられる人ではないでしょうか。
塗装の世界では、「経験30年」という言葉には確かにとても重みがあります。
ただ、30年間ずっと同じやり方を繰り返してきたのか、それとも30年間、現場ごとに考えて改善し続けてきたのかでは、その「30年」の中身はかなり違います。
職人の経験年数とは、単に時間が経過した数字ではなく、その間に何回考え、何回失敗から学び、何回自分の仕事を改善してきたのか、その積み重ねだと小林塗装では考えています。
「昔の職人から学ぶ」
「若い職人からも学ぶ」「塗料メーカーからも学ぶ」「お客様からも学ぶ」そして、ときには「昨日の自分の仕事からも学ぶ」
職人という仕事は、長く続けるほど「教える側」になる一方で、ずっと「学ぶ側」でもあるのだと思います。
そんな職人が、結局のところ一番しぶとく、そして長く良い仕事を続けられるのではないでしょうか。
刷毛一本で仕上げることが多かった時代から、高機能塗料やさまざまな施工システムを使う時代へ変わっても、「昨日より、もう少しきれいに。できれば、もう少し長持ちする仕事をしたい」という職人の本質だけは、昔も今も変わらないように思います。

昔の手仕事と、今の知識を両方持てたら強い ニャ。
何歳になっても学び続ける職人が一番頼もしい ニャ♪
13. 昔の塗装職人・今の塗装職人について深掘りQ&A

刷毛を使う仕事量が多かった職人については、現在より豊富な経験を積んでいたため、非常に高い刷毛技術を持っていた人も多かったと思います。
ただし、もちろん昔の職人全員が刷毛の名人だったわけではありません。
大切なのは年代そのものではなく、どれくらい実際に刷毛を使い、その作業について考えながら経験を重ねてきたのかです。
経験年数と同じように、経験の「量」と「質」の両方を見る必要があります。
必ずしもそうではありません。
現在の住宅塗装でも、サッシ周りや入隅、狭い部分などでは刷毛を使いますから、基本的な刷毛技術は今でも必要です。
ただ、昔のように刷毛だけで広い面積を仕上げる仕事は少なくなっています。
そのため昔の刷毛職人と現在のローラー中心の職人では、技術の優劣というより、経験してきた仕事の内容そのものが違うと考えた方が自然でしょう。
耐候性、低臭化、水性化、さまざまな機能性など、材料技術は多くの部分で進歩しています。
その意味では、昔にはなかった性能を持つ塗料が増えているといえます。
ただし、高性能な塗料を使えば、誰がどのように塗っても長持ちするわけではありません。
塗料の性能は、適切な下地処理と塗布量、乾燥時間などの施工条件を守ってこそ発揮されるものです。
長い間、同じような作業を繰り返すことで、段取りや身体の動きに無駄が少なくなっていた職人が多かったことは理由の一つだと思います。
材料を取る、刷毛を動かす、移動するといった一つひとつの動作が自然につながっているため、慌てていなくても仕事が進みます。
一方で、現在とは安全管理や施工管理の条件が異なる部分もあります。
ですから「一日で何㎡塗った」という数字だけを取り出して、昔と現在の施工品質を単純に比較することはできません。
資格は、一定の知識や技能を持っていることを確認するための大切な指標の一つです。
ただし、資格を持っているという理由だけで、塗装職人として必要なすべての能力を判断できるわけではありません。
例えば一級塗装技能士であっても、住宅塗装で必要になる建物診断、材料選定、現場管理、お客様への説明などは、資格とは別に実際の現場で経験していく必要があります。
やはり資格+現場経験+継続的な学習が全てそろって、実際の住宅塗装で喜ばれる職人になっていくのだと思います。
経験年数は、職人を判断するうえで大切な要素です。
長く仕事を続けていれば、それだけ多くの現場や失敗、さまざまな下地を経験している可能性があります。
ただし、年数だけで安心できるかどうかを判断するのは少し早いかと思います。
塗料や外壁材、住宅の仕様は変化していますから、昔覚えた方法だけで現在の住宅すべてへ対応することは難しい場合があります。
何年仕事をしているかだけでなく、その期間にどれだけ新しい材料や施工方法について学び続けてきたかも大切です。
もちろんいます。
年齢が若くても、仕事をよく観察し、正しい知識を学び、実際の現場で多くの経験を積んでいる職人は、高い施工技術を身につけています。
ただし塗装には、どうしても時間をかけて多くの現場を経験しなければ身につきにくい感覚もあります。
ですから「若いからダメ」「ベテランだから安心」と一律に分けるのではなく、その人が自分の年齢や経験のなかで、どれだけ学び、考え、成長しているかを見る方がよいでしょう。
仕事に対する責任感、道具を大切にする姿勢、細かな部分まで妥協しない心構えなどは、時代が変わっても残していきたい職人気質だと思います。
こうした価値観は、便利な道具が増えた現在でも良い仕事の土台になります。
一方で、「理由を説明しない」「後輩には教えない」「危険でも根性でやる」といった部分まで、昔ながらである必要はありません。
昔から残すべき文化と、今の時代に合わせて変えるべき文化をきちんと分けることが大切です。
完成した外壁の美しさを見ることも大切ですが、できれば工事途中の養生、下地処理、清掃、材料管理、作業場所の整理整頓などにも目を向けてみてください。
完成すると見えなくなってしまう工程ほど、その会社や職人の考え方が表れやすいものです。
また、「どうしてこの下塗りを使うのですか」「この補修はなぜ必要なのですか」と質問したとき、専門用語だけで終わらせず、理由を一般の方にも分かるように説明できるかどうかも一つの判断材料になります。
腕の良い職人とは、単に手先が器用な人だけではありません。
小林塗装では、「今、自分が何をしているのか」「なぜ、この作業が必要なのか」を理解したうえで施工している人が、本当に現場で強い職人だと考えています。
昔から受け継がれてきた基本的な技能を大切にしながら、新しい材料や施工方法、安全管理についても素直に学び続けられる人だと思います。
「昔はこうだった」だけでもなく、「新しいから正しい」だけでもない。
状況を見て、自分でしっかり考えられることが大切です。
そして、お客様の住宅を単なる「自分の作品」として見るのではなく、その家で暮らしている方の生活まで考えられることが大切で、また近隣の方へも配慮し、自分たちの施工に間違いがあればきちんと認め、必要であれば手直しをする。
技術だけではなく、仕事に対する真摯な姿勢まで含めてが職人だと思います。
技術、知識、判断力、説明力、そして責任感。
これらをバランス良く持ちながら、何歳になっても学び続けられる職人です。
そういう人であれば、昔の職人であっても今の職人であっても、本当の意味で「すごい職人=名人」と呼べるのではないでしょうか。
コラム筆者
小林塗装 店主 小林ゆず
長年、住宅塗装の現場で、さまざまな世代の塗装職人と一緒に仕事をしてきました。
昔ながらの職人から教えてもらった刷毛使いや下地処理、段取りなどの基本を大切にしながら、新しい塗料や建材、施工方法についても学び続けています。
塗装技術には、「ここまで覚えれば、もう完璧!!」というところがなかなかありません。
昔の良い仕事から学び、新しい技術も素直に取り入れながら、その住宅にとってより良い施工は何なのかを考え続けることが、長く現場へ立つ塗装職人の仕事だと思っています。
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